家族として患者を支える時の苦痛をどう聴くか?

こんにちは。臨床心理士のちむです。

今月、自治体主催のある研修会に講師として呼ばれました。

この研修は、難聴者への支援をするための研修でしたが、そこでコミュニケーションや、援助技術といった内容の講義を任されました。

3時間という長丁場・・。

いつもは、ながくとも90分の講義ですから、この回は結構くたびれました。

「心理学の講義」はみんな、面白そう!といって参加者が多いのですが、基本的に心理学の座学は専門用語が難しいので、長時間の講義になると退屈したりするのです・・。

なので、私は基本的にはワークを多く入れたり、事例をあげたりして工夫するようにしています。

今回の講義も、後から頂いた感想ではとても楽しんで参加してもらえていたようなので、ホッと一安心、でした。

さて。

この研修の時に、質問に上がったのは、参加者の家族についてでした。

詳しくは話せませんが、家族が病気や障害、または加齢によって、変化した時、家族はどのように関わればいいのか?といった内容でした。

お話を伺うと、家族としてできるサポートを最大限にしていました。

例えば、時間を作って会いに行くですとか、必要そうな情報を伝える、ですとか。

でも、一番辛いだろうことは、病気や障害があるために今までの自分とは違っているということを、本人が受け止めるまでの時間。

本人も辛いのですが、家族も辛いのですよね。

家族は二つの辛さを抱えます。

今までと違ってしまった家族を受け入れるまでの辛さと、その家族をどうしたら支えられるだろうという自分に対しての辛さ、です。

支援する側は、より複雑な心理状態になるんですね。

そうした相談の場合には、私は本人がそれをどう受け止めているのか?受け止められるように、どうしたことができそうか?という視点と、

それを支える間の辛さを、あなたは耐えられそうか?ということを聞きます。

相手にしてあげたほうがいいこと、は大切なことだけど、自分だって辛いはず。

そうした辛さを見ないようにしてサポートするのは、限界があります。

自分はどれくらいならできるのか?

できそうにない、とどうしたら気づくのか?そのサインは?

どこまでならやれるか?

そうした問いによって、自ずと、自分がやることが見えてきます。

どうしても「本人の方が辛いはず」と支える側は無理をしがちです。

決してそうではないんですね。

どちらも辛い。

だから、無理はしないでほしい、というメッセージを伝えました。

人はいつか皆、年老いて、病気になったり、障害を抱えたりします。

なので、みんながそれぞれでできることをやる社会であってほしい。

そして周囲や周囲の目が、できないことには寛容であって、無理強いしないでほしい。

真面目な人ほど頑張りすぎるので、肩の力を抜いてほしい。

そんな風に思いました。

家族のサポートは時間がかかるし、できる人も資源が限られますから

細く長くのサポートがいいです。

私は、真面目な方ではないのだけど、多分見栄っ張り(笑)なので、

そういう意味でも肩の力を抜いて、何か家族の有事の時には動けたらいいな。

そんなことを考えました。

そろそろ沖縄の北部は、桜祭りの季節です。

桜の花も見に行きたいな。

それでは今日はこの辺で・・。

 

 

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